10周年コメント:ケガニ7

はい、ケガニによる連続コメント、第7回はようやく松ノ葉楽団の成立あたりまで(遅い)。

 

次回ラストです。

ドラムのトミーが東京に行くとなったとき、もちろんメンバーでお祝いしたし、応援もしていたけれど、いよいよ日が近づくにつれて寂しさがつのった。バンドメンバーというのは不思議なもので、普段何を考えてるかまでは全然わからない他人ではあるんだけど、いつも顔を合わせるうちにほとんど家族みたいなものになってしまう。演奏を聴いていれば、その人がどんな気分かすぐわかってしまうのだ。だから、最後の頃のドラムが寂しげな音を出していたのはすぐわかったし、やっぱりギターもベースもキーボードも寂しげだったろうと思う。たしか最後のライブはnanoだったんだけど、そのときはステージで胸がいっぱいになって歌えなくなりかけた。「夜行列車」という曲の途中だったんだけど、歌があまりにもそのときのバンドと重なってしまったから。

 

さて、それと同時にバンドは「松ノ葉楽団」を名乗り出した。ヨコイとは、トミーが抜けるタイミングで解散しようかという話はしたけど、何とか音楽は続けようと考えた。ただ、一区切りになるので改名することになった。当時の音楽性から考えて漢字の名前でいいのがないか考えていたけど、なかなか見つからず。ある日ふと、ご祝儀袋に「松の葉」と書く、という習慣を知った。理由は「松の葉に包むほどわずかなものです」という謙遜を表しているのだそうな。要するに、粗品、という意味だ。あまりにも僕の苗字っぽいので迷ったんだけど、メンバーにいくつか提案した中でこれが選ばれた。ちなみに某ミュージシャンに「星屑ロマンチック楽団」はどや、と言われたんだけど、そうしなくてよかったと心から思っている。

 

改名したのはおこがましくも、2013年の3月、吾妻光良トリオ、カサスリムさん、吉田省念さん&植田良太さん、というメンツでおこなわれた拾得でのイベントの前座をしたときだった。イベンターのハナコさんが、若手の僕らを滑り込ませてくれたのだ。この豪華出演者、もちろん全員大好きで、これをキャリアのピークにしないようにしよう、とみんなで震えた。舞台で新しい名前を名乗ったとき、えーっ、という声が上がったけど、そりゃそうだよね。知らないバンドがオープニングアクトで急に改名したら僕でも、えーっ、って言うと思う。ライブはどうだったかよくわからないまま終わってしまったが、それがきっかけで出会えた友人が2人いる。ラヴラヴスパークの長谷川一志さんと、ヤマモトケンジ&ヒズ・ラッキーフレンズのヤマモトケンジだった。彼らは今でもよく一緒に演奏させてもらっているんだけど、京都でも屈指のミュージシャンだと確信している。よく見に来て声をかけてくれたよなぁ。ともかく、そんな風にしてドタバタと「松ノ葉楽団」は始まり、続いてきたわけだった。